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借金総額1,000万円超え一家の完済までの道のりを記します。
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どうもです。

アツ兵衛でございます。

一昔前と比べれば、
借金屋さんからの督促の電話が、
かなり落ち着いてきました。

ちょっとだけ気分的に余裕が生まれてきた今日この頃です。

ちょっとだけですけどね・・・。

それでは引き続き、
バブル崩壊の頃の我が家のお話をどうぞ。

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子供のころから僕は、
お金のことで、
苦労をしたことがありませんでした。

両親ががんばって仕事をしていたし、
もちろん贅沢や無駄遣いをした記憶もなかったので、
まさか自分の家が、
借金に頼っていかなければならないとは、
思ってもみませんでした。

学費などで子供に不自由をかけたくない、
というのが両親の考えでした。

僕たち兄妹のためなら、
借金でも何でもやってやろうという考えの両親でした。

僕は大学で、
奨学金の申し込みこそしましたが、
両親が借金をしていることにすら気付かず、
楽しい学生生活を過ごさせてもらったのでした。

今思えば、
僕は本当に子供でした。

僕の同級生の中には、
家庭の都合で、
私立の大学には行かないという友達も数人いました。

家庭の事情を十分に理解していた彼らと比べると、
僕は本当に子供だったと思います。

そして両親は、
いわゆるマチ金と呼ばれるところからも、
借金することになったのでした。

今回はこのへんにしておきます。


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次回、
<バブル崩壊と共に・・・4>
へ続きます。


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子供のころから僕は、
お金のことで、
苦労をしたことがありませんでした。

両親ががんばって仕事をしていたし、
もちろん贅沢や無駄遣いをした記憶もなかったので、
まさか自分の家が、
借金に頼っていかなければならないとは、
思ってもみませんでした。

学費などで子供に不自由をかけたくない、
というのが両親の考えでした。

僕たち兄妹のためなら、
借金でも何でもやってやろうという考えの両親でした。

僕は大学で、
奨学金の申し込みこそしましたが、
両親が借金をしていることにすら気付かず、
楽しい学生生活を過ごさせてもらったのでした。

今思えば、
僕は本当に子供でした。

僕の同級生の中には、
家庭の都合で、
私立の大学には行かないという友達も数人いました。

家庭の事情を十分に理解していた彼らと比べると、
僕は本当に子供だったと思います。

そして両親は、
いわゆるマチ金と呼ばれるところからも、
借金することになったのでした。

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